ピアノランドとの出会い その3

レッスンのはじまりから

そして娘と私の「ピアノのお稽古」という遊びがはじまった。
「ド」ばっかりなのになんて楽しいんだろう。
「どどどどどーなつ」はお気に入りの曲になり、歌ったり連弾したり、
教えるというよりも、ピアノを使って一緒に母と子で遊ぶ楽しい時間だった。
娘はどんどん吸収していった。
ピアノは遊びだと思っているから、幼稚園から帰るなり
まっすぐにピアノの前に行き、ピアノを弾き出した。
思いついたメロディを口ずさみ、「これを紙に書くのはどうしたらいい?」と訊ねてきて、
たどたどしく自作の曲を5線ノートに書き付けた。

あまり楽しそうにピアノを弾く娘を見て、近所の幼稚園友達のお母さんが
「うちの子も同じようにピアノを教えてやって」と話に来られた。
最初は固く辞退した。ピアノを専門にしていない。
自分の子どもだけのつもりで人の子どもさんを預かる気はないし、出来ない。
それでも「うちの子も〇〇ちゃん(娘)と同じように遊んで楽しくピアノを弾けるようにしてやってほしい」
と熱心に懇願され、「ちゃんと月謝を取って下さい」とまで言われた。
この事が無かったら、私はレスナーをしていない。
人生の岐路で右か左かを選ぶ時は何回かあるだろうが、
今思い返してみてもこのときがまさにそのひとつだったと思う。


ピアノランドと出あったことで、娘は音楽を好きになり、私はレスナーになる道を歩き出した。
このテキストには色々な意味で恩があり、今の私の原点である。


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